コミュニケーションの〈方程式〉

コミュニケーションの成果=〈意〉×〈言×人〉×〈心×技〉×〈体×具〉×〈時〉

組織のコミュニケーションがうまくいくかどうかは、この方程式で表すことができます。
この方程式は、組織のコミュニケーションを企画するときのチェックリストとして使えます。
ここでは、方程式を構成する変数について解説していきます。

コミュニケーションの成果=

はじめに〈意図〉ありき

〈意〉=〈意図〉 Intent

方程式の最初にある〈意〉は、コミュニケーション主体者の〈意図〉(Intent)のことです。
「なぜ、何のために、コミュニケーションするのか?」ということ。

誰かが誰かに、何かをコミュニケートするとき、表面に表れた言葉や態度の背景には、〈意図〉があります。
「なぜ、そういう言葉を発するのか?」
「そういう態度をとるのはなぜか?」
「その理由は何か?」
「裏に隠された本音は何か?」

特に、依頼を受けてコミュニケーションを企画する際には、顧客の〈意図〉をきちんと共有しておかなければなりません。
依頼者も企画者も、同じ〈意図〉を共有する必要があります。

最初にこれがブレていると、その後どんなに頑張っても修正ができません。
後になって「こんなはずじゃなかったのに‥‥」になってしまいます。
また、組織コミュニケーションでは多くの場合、〈意図〉の大元は「経営政策」や「トップの意思」になります。彼らの〈意図〉を間違いなく把握しておかなければなりません。

〈ターゲット〉が変われば〈メッセージ〉も変わる

〈言 × 人〉=〈メッセージ × ターゲット〉 Message × Target

〈言〉とは〈メッセージ〉のことです。
そして〈メッセージ〉とは、〈意〉を汲んだあとに、「何を発動するか?」ということです。

コミュニケーションの主体者は--何を言いたいのか、何を伝えたいのか、何が伝わって欲しいのか。
コミュニケーションの相手は--何を理解したいのか、何を受け取りたいのか。

あえて「発動」という言葉を使っているのは、「言霊(ことだま)」を意識しているからです。
言葉には、その背景に〈意図〉という--それぞれ固有の「エネルギー」があります。
ある〈意図〉を持って、コミュニケーションしたい「何か」を言葉や行動にして発すれば、相手に伝わって何らかの影響を与えます。その「働き」が、言霊のエネルギーです。

客観的な「事実」を伝えるだけなら、〈メッセージ〉とは言いません。
何らかの理由があって、ある人に何かを伝えよう、行動を促そう、といった〈意図〉の込められているものが、コミュニケーション〈メッセージ〉と言われるものです。
「情報」と〈メッセージ〉は違う、と言い換えることもできます。
あるいは、「形式情報」と「意味情報」という分け方ができるかもしれません。


〈人〉とは、コミュニケートする相手のことです。
相手を絞り込むというという意味で、ターゲット・オーディエンス、あるいは単にターゲットといいます。

仏教用語に、「人を見て法を説け」という言葉があります(「因機説法」)。
誰に対しても同じフレーズで真理を語っても、ほとんどの相手には伝わらない。相手の置かれている状況や知識レベル、経験の差、受け止め方、感情の起伏などを考慮して、人によって言い方や例え話などを変えて、真理を伝える。

ブッダやイエスは、自分で書いた文書は残していません。
すべて弟子たちが、本人の亡くなった後にまとめられました。「たしか、あのとき、お釈迦様はこう言った」--かくの如くわれ聞けり(如是我聞=にょぜがもん)でお経が始まるのはそれ故です。

では、なぜブッダは文書を残さなかったのでしょうか。
それは、誤解されるのを恐れたからだと言われています。本来なら、真理は、時や人、ケースなどによって言い方を変えて伝えなければならないのに、文書にして固定されてしまうと、「それしかない」になってしまう。すると、「それは俺には当てはまらない」というケースが増えてくることになります。

「人を見て法を説け」--これは、コミュニケーションの大原則です。

とするならば--「相手のことをどれだけ知っているか?」が重要になってきます。
相手をどの程度理解しているかによって、どれだけ伝わりやすいメッセージを作ることができるか、が決まります。
別項で、「ターゲット・イメージ」についてまとめましたのでご覧ください。

〈心と技〉のバランス

〈心 × 技〉=〈動機× 技術〉 Motive × Technique

〈心〉とは、「どんな気持ちで」コミュニケーションし、相手に「どんな気持ちに」なってもらいたいか、ということです。
「意味・真意」と言い換えてもいいかもしれません。


〈技〉は、コミュニケーションの技術、ノウハウやメソッドなどです。
個人のコミュニケーションにおいては、技術の普及が遅れています。そのことが--人間関係の問題が発生する要因になっています。
逆に、組織のコミュニケーションの場合には、技術に偏りがちです。それが--ビジネス上のトラブルを発生させる、一つの原因になっています。

〈心と技〉については、別項で詳説していますのでご覧ください。

〈体〉と〈具〉:非言語コミュニケーション

〈体 × 具〉=〈態度 × 道具〉 Behavior × Tool

〈体〉とは、「どんな態度(ビヘイビア)で」「どんな行動(アクション)をするか」。
話す、対話する、誰かに伝えてもらう、書いて読んでもらう、絵にして見てもらう、音にして聴いてもらう、体で表現する……。

行動に移したとたんに、ガラッと人の評価が変わってしまうことがあります。
「言っていることはちゃんとしているけど、あの態度が気にくわん」
「言っていること(建前)と、やってること(本音)が違っている」
「人の話を聴く態度じゃない」「バカにしている」「オレをないがしろにしている」……

カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の心理学名誉教授Albert Mehrabian--アルバート・メラビアン(マレービアン)は、「言語メッセージと非言語メッセージを比較してどちらが重要か」について調査した結果として、「非言語コミュニケーション(Non-Verbal Communication=NVC」の重要性を説いています。『Silent messages(邦題:非言語コミュニケーション)』
メラビアンの主張は以下の通りです。

言っている言葉=言語と、態度(視覚)や声の調子(聴覚)=非言語が「矛盾」している場合、受け手は言葉の内容よりも態度や声の調子などの非言語情報の方を信用する。
言葉がメッセージ伝達に占める割合は7%、声の調子やトーンは38%、態度や表情は55%である。

言っていることと態度が矛盾している場合というのは、たとえば:
言葉:「君のこと、愛しているよ!」
態度:目線をそらす、目が泳ぐ、など
口調:投げやりな感じ、ため口、など

つまり、言語(7%)よりも、非言語(38%+55%)の方が、信用力・影響力は大きいのです。
そして、メラビアンは、効果的なコミュニケーションのためには、これら3つの要素が矛盾せず、一致して、メッセージの意味を正しく伝えるように互いに支えあう必要があると主張しています。
簡単に言えば、「言行一致」ですね。

これは、組織のコミュニケーションについても同様です。
調査の趣旨は違いますが、「態度」の重要性について、次のような事例があります。

以前、ある金融機関からの依頼で、「企業イメージの形成要因」について調査研究をしたことがありました。どんなイメージ広告を展開すべきか--を検討するための調査だったのですが、結論はまったく違ったものになってしまいました。
調査結果の分析によって明らかになったことは、その金融機関の企業イメージに最も寄与する要因は「窓口業務の人の対応」だったのです。つまり、イメージ広告を打つよりも、窓口の対応や担当者の方の態度を改善したほうが、企業イメージは速く確実に上がる、ということだったのです。
この結果を受けて、宣伝部だけでなく、人事部も巻き込んで、企業イメージアップのための共同プロジェクトが発足しました。

社員一人一人の態度--その総和が組織の態度であり、コミュニケーションの〈体〉になります。


〈具〉とは、道具の具ことです。

個人の場合だと、電話、手紙、ハガキ、FAX、Emailなどが、コミュニケーション・ツール(道具)になります。

組織のコミュニケーションだと、さらにいろんなツールが加わります。新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどのメディアや、パンフレットやPR誌、POP、ノベルティ、あるいはイベント、セミナー、コンベンション‥‥。
広報や広告活動では、このようなメディアやツールを駆使してコミュニケーションを実施しています。

しかし、忘れてはならないことがあります。
それは--最大のコミュニケーション・ツールは「商品・サービス」であるということです。「商品・サービス」--これに勝るツールはありません。これに勝る「非言語コミュニケーション」ツールはありません。
「モノをして語らしめる」--プロダクトに込められたコンセプトそのものが、コミュニケーションの〈メッセージ〉です。コンセプトが形を変えて具体的なモノとなった「商品・サービス」は、強力なコミュニケーション・ツールなのです。

〈時〉を掴まえる

〈時〉=〈時機〉 Timing

最後に--最適な〈時〉〈時期〉
「タイミング」あるいは「チャンス」を掴まえる--ということ。
早すぎても遅すぎてもダメ--最適なタイミング。
ポイントは3つあります。

第一に、コミュニケーションする「相手」のことです。
その相手は「今、聴く耳を持っているか」どうか、ということ。
他のことに夢中になっているかもしれない。今話しかけても、上の空になってしまうかもしれない。
そんなときに、一方的にコミュニケーションをとろうとしても無駄になってしまいます。「うるせえなあ」と嫌われるのが落ちかもしれません。

第二は、「自分」はどうか、ということです。
自分は「今、話せる状況にあるのか」どうか、ということ。
きっちり話せる準備はできているか? 質問があったときに、ちゃんと答えられるか? “しどろもどろ” になる恐れはないか?

第三は、まわりの「環境」はどうか、ということ。
「時勢(時流)を読む」と言うこともあります。あるいは「トレンド」。
追い風になるか? 逆風になるか? 受け入れられるか? 埋没してしまわないか?

とは言っても‥‥「環境を読む」のは、けっこう難しいことです。
どれだけ情報を集めて、どんなに分析しても、正解は出てきません。
最後は、思い込みや囚われ、主義主張、信条などの固定観念を捨てて--「時代の風を肌で感じる」といった心境にならざるを得ないのではないか、と思います。
「理屈じゃなくて、こうだろ?!」みたいな。
最後の最後は、「エイや」で決めないと、先に進めません。

適切なタイミングを読んで、うまく実施できれば、コミュニケーションはダイナミックになります。
〈意図〉によって発動されたコミュニケーションのエネルギーが--いろんな企画・実施のプロセスを経て最後に--〈時〉を得て爆発するか、そこそこで終わるか、萎んでしまうか‥‥。
即効性はなくても、しばらく時間が経過した後、ドカンと来る場合もあります。

もう一点。
〈時〉を掴むためには、“should”“could” を考えることも重要です。
「時は今! すぐにやるべきだ(should)」といっても、「ちょっと待て! 資源(人モノ金)がない(could)」ということもあります。
無理してやっても、失敗する可能性が高い。逆に、「準備は整った」と思っても、「そんな情勢じゃない」とか「時すでに遅し」なんてこともあります。
組織のコミュニケーションは、資源を動かして実行されるので、この問題は付きまといます。

しかし、最適な〈時〉を掴みさえすれば、最小の資源で最大の効果を生み出すことも可能です。

“正解” のない〈方程式〉

コミュニケーションの成果=〈意〉×〈言×人〉×〈心×技〉×〈体×具〉×〈時〉

繰り返しになりますが、この方程式はすべて掛け算で成り立っています。
一つでもゼロがあると、他の変数がどんなに高くても、結果はゼロになってしまいます。
それほど、すべての事象は「繋がっている」ということです。

個々のコミュニケーション活動を何とかうまく繋ぎ、最大の効果を目指して、意図を実現していく‥‥この方程式は、〈コミュニケーション・チェーン・マネジメント〉ということもできます。

しかし、数学や物理学の法則とは違います。“正解” はありません。
「この数字を入れれば、必ずこの答えが出てくる」というようなことは、ないのです。
コミュニケーションは生き物です。やってみなければ、結果がどうなるかは、わかりません。Try & Error、Plan → Do → Check → Actionを何度も繰り返しながら、最適化していく必要があります。

「〈意図〉の共有」がもっとも大切

〈意〉=〈意図〉 Intent

組織のコミュニケーションを計画し実行する場合、この方程式のすべての変数に目を配りながら進めていく必要があります。
しかし、中でも特に、「〈意=意図〉の共有」がもっとも大切です。〈意図〉が共有され、納得されていれば、そこから先の方程式は、周知を集めることで、かなり自動的に解けるのです。

組織のコミュニケーションは、企業や団体が単独で行う場合もありますが、代理店やプロダクション、プロモーション会社など、外部の組織との共同作業で行われる場合もあります。
「依頼する」側と「依頼される」側。両者で意図を共有することがいかに大事か!

第一に、依頼する側は、意図を共有することの重要性をきちんと自覚しておかなければなりません。
依頼する相手に対して、可能な限り、秘密にしないで、自分たちの意図、本音、背景、理由などをきちんと伝えておく必要があるのです。
それが、最も大切なこと--成功の秘訣です。
意図の共有を疎かにして、方法論の提案だけ求めるのは、失敗の原因を自ら作っているようなものなのです。

依頼される側は、依頼する側の意図を理解しようという努力を、片時も忘れてはなりません。
〈意図〉を忘れて、方法論やテクニックに陥ってしまうと、「こんなことを依頼したつもりはなかった」という結果になってしまいます。そのつもりはなくても、依頼者の期待を裏切ってしまいます。
「今になってそんなことを言われても」とか、「最初に言ってくれていれば」というのは言い訳で、最初に自分から「ちゃんと聴いておけばよかった」のです。

もし--依頼する側もされる側も--お互いに相手のことを、「この人とは共有できない(信頼できない)」、あるいは「この人は共有する気がない(信頼されていない)」と感じたならば、その相手とは仕事をしないことです。
決して良い仕事はできません。あとで後悔することになります。

お互いに、「信頼する勇気」も必要ですし、「断る勇気」も必要です。